魔術詠唱の長さについて

「古の妖精よ。地に潜む魔のものよ。人の営みに生まれたもの。叡智とされるもの。ここに宣言する、獣を祓うと。あまねく栄華を我が手に、全ての輝きをこの手に。果実が落ちる音、川のせせらぎ、飛び立つ鳥、弔問客の訪れない墓地。近付けば溶ける。果てる、朽ちる、終焉の鐘よ。この地の生命を奪い尽くす強欲な竜よ。黄昏から消え朝日から奪われるもの。ああ、赦されよ。御身が終わらせることを赦されたまえ。ファイア!」

 

 俺──田神総一がこちらの世界に転生してから、早くも一ヶ月が経とうとしていた。

 アリシャが詠唱を終えると、かまどに火が灯り、鍋が加熱される。火の大きさは弱火か中火くらいか。

 

……いや、多すぎないか!?」

「そう? 二人分はこれくらいだと思うけど。ソーイチって少食だっけ?」

「そうじゃなくてだな」

 

 魔術詠唱の話だ。その二百何文字ある呪文。それだけ長々と喋るのであれば、山を吹き飛ばす……とまでは言わないでも、人を焼くくらいの強さがあって然るべきだろう。

 この世界の常識を知らず、ゲームか何かの知識を当てはめてるだけなので何とも言えないが、とにかく、「詠唱すること」のコストが割にあっていないと感じる。

 

「うーん、ソーイチって田舎者だと思ってたけど、魔歴の大改修も知らないって、本当に山の中で魔物と一緒に暮らしでもしてたの?」

「マレキノ……? 何だそれ」

「魔歴の大改修。魔歴3年に魔術詠唱にまつわる事故が多発して、半年くらいの間に男児が二人死亡したの。魔歴8年、詠改法……魔術における詠唱の基本改正法が作られたの」

 

 魔歴3年鳥の月8日、ぶどう酒とマンドラゴラを服用した準魔術師の男性が、家の庭でBBQを行う際、無詠唱でファイアを使用した。左手の中指を指定したつもりだったが、右手の人差し指と中指からファイアが追従、その延長線上にいた男の息子に引火してしまう。母親が凍結術の資格を持っていたため、時間凍結を行い病院に搬送されるも、治療の甲斐なく男児は亡くなってしまった。

 

 魔歴3年王の月20日、夕刻の3ごろ、箒で帰宅中の女性が地上へ降りる際、無詠唱で下降したと思われる。おそらく別の魔法を使用し、急降下してしまう。上空から充分な加速が生まれてしまい、周囲3エールに甚大な被害をもたらす。爆心地の外縁部には男児がおり、その場で死亡が確認された。女性の身体は炭状となっていたが、ぶどう酒またはマンドラゴラの服用の可能性があったとみられる。

 

 魔歴8年、以上二つの事故を主に、大戦後40年間手付かずだった魔術における詠唱の基本法(詠唱法)が見直され、魔術における詠唱の基本改正法(詠改法)とされた。内容は主に、魔術詠唱の破棄の禁止。また、同時にこの他にも四つの魔術基本法が改正された。この五つを指して魔歴の大改修と呼ばれる。

 そして大星歴1年、詠改法がさらに改められ、詠唱の省略を禁じた。失われた古代の詠唱については元老院が新たに詠唱創造を行うなどして、この世の全ての魔法やそれに準ずるものに正式な詠唱が与えられ、一切の省略が禁じられた。

 

「なるほど。一部の人間がルールを破って大多数の人間が不利益をこうむるというのは、どこの世界にもある話なんだな」

「若い子はもうこの詠唱の長さに慣れてるみたいだけどね」

「若いって……アリシャも若いだろ?」

「言ってなかったっけ。私は211歳よ。若いっちゃ若いけどね」

 

 この世界には俺の知らないことが多すぎる。

 次はエルフの寿命について訊いてみようと思う。