記事タイトルのとおり、一番熱い“愛”漫画である『忍者と極道』が、第1話から無料最新話の50話まで無料で公開されています。
そもそもの発端は2月(というより1月)に作者が体調を崩してしばらく休載しており*1、4月5日に連載が再開したことを祝して全話を無料公開した、という流れです。
ついに…連載再開!
— 「忍者と極道」公式/最新単行本⑤巻好評発売中! (@nin_goku) 2021年4月5日
再開を皆さんと喜び、盛り上げたく、4月12日(月)正午まで先読みの51話を除く全話無料キャンペーン実施!ジャンジャン読んで、ドシドシお友達に紹介して、ガンガンつぶやいてください(語彙力)
1話https://t.co/FNQoLWboUS
最新無料話https://t.co/qjKUsK879k#忍者と極道 pic.twitter.com/ySp8LnPPXU
この手の推薦文っていくら書いても結局、文章だけ読んで漫画の方は読まれなかったりするじゃないですか。私もたまにするし。
なので全話読めとは言わないから以下に貼る1話だけ読んでください。
これはモーニングに掲載された読み切りで、『忍者と極道』のエッセンスを凝縮した面白さが詰まっています。これを読んで駄目なら50話読まなくていいけど、少しでも面白いと感じたら今すぐ50話読んでください。読め。
ということで改めて、『忍者と極道』の魅力を語っていきます。
1.愛の物語
みなさん、ラブコメは好きですか? 好きですよね。『僕の心のヤバイやつ』読んでますよね。インターネットのキモい奴らは全員読んでる。
女子高生向けのイケメン若手俳優と女受けのいい女優を使ったデートムービーは今でも盛んで、時期にかかわらず作られ続けています。
近年流行ったドラマでいえば『逃げるは恥だが役に立つ』も『おっさんずラブ』も『恋はつづくよどこまでも』も恋愛ものです。そう、人は誰しも恋愛を求めているのです。半沢直樹はあの~、なんか、半沢直樹の奥さんが出てきます。
その点、『忍者と極道』はバッチリです。タイトルから分かるとおり、これはラブの物語です。
主人公の忍者(しのは)は、仲間である忍者たちから愛されています。
極道に両親を殺され、笑えなくなってしまった――感情がなくなったわけではなく、驚いたり怒ったりはできるけど、笑うことだけができなくなった――忍者(しのは)のために、壊左(かいざ)は駄洒落を考えて披露してあげます。
陽日(のどか)は忍者(しのは)の好きなアニメを履修して、アニメの話をしようとします。
色(しき)は幼かった忍者(しのは)に心を救われ、忍者(しのは)に尽くします。
――しかし、それだけの愛があっても、忍者(しのは)は笑うことができないのです。
そんな忍者(しのは)が、作中で一度だけ、笑います。
街で偶然知り合った極道(きわみ)と意気投合し、話が盛り上がるなか、自身の笑えないという体質を告白します。そこで極道(きわみ)は、忍者(しのは)が笑えるようになるために友達になろうと提案し――忍者(しのは)は笑います。
愛です。会社員と学生、大人と子供、そんな身分は関係なく、友になる。
また、極道(きわみ)も感情が欠落した人間でした。明言はされませんが、病理でいえばサイコパスに近い、無感情な人間であることが示されています。
ですが、忍者(しのは)と知り合い、共感することで――忍者(しのは)に同調し、無意識に涙を流します。
二人が交流し、忍者(しのは)は笑い、極道(きわみ)は感情を得る……そんな愛の物語になるのでしょうか。
忍者(しのは)は親を極道に殺され、忍者に拾われたため、極道を殺します。
一方極道(きわみ)の正体は、極道でした。身体能力を著しく向上させる麻薬“地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)”の開発に成功した極道は、これまで江戸の時代から300年以上もの間自分たちを殺し続けてきた忍者への復讐を誓います。
――二人は、お互いの正体を知りません。
その後も幾度となく、二人は出会い、仲を深めます。
――二人は、お互いの正体を知りません。
お互いが忍者と極道であることを知った二人は……殺し合いをするしかないでしょう。
自分が初めて笑えた相手を。
自分が初めて涙できた相手を。
愛です。これが愛ではなくて何なのでしょうか。
2.極上の能力バトル
能力バトルの始祖といえば、まず思い浮かぶのは『ジョジョの奇妙な冒険』でしょう。現代的な能力バトルならそうですが、さらに源流を辿れば山田風太郎に行き着きます(漫画でいえば『バジリスク』ですね)。
『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』によると、現代の日本の――マッチョイムズのアメコミとは異なる――少年や優男が主人公のバトル漫画の源流は、明治期の娯楽にルーツがあるといいます。豊臣が討幕するものや犯罪実録(ミステリ小説や犯罪ルポに近いもの)を経て、物語は忍者に辿り着きます。
つまり、現代の創作物の始祖とは忍者なのです。そう考えると、能力バトルが忍術勝負から始まるというのも不思議ではありません。『忍者と極道』は最も伝統的な能力バトルを最新の解釈で発展させたマスターピースといえます。
『忍者と極道』はバトル漫画なので、勿論、特殊能力が出てきます。また、それを使うのは忍者だけでなく、極道も同じです。
忍者――“帝都八忍”は特異体質と忍手(しのびて)“暗刃(あんじん)”で。
極道――“破壊の八極道”は得意分野を極めた常人では到達できない“極道技巧(ごくどうスキル)”で戦います。
山田風太郎といいましたが、まさしく『甲賀忍法帖』のような忍術(と技巧)合戦です。単行本3巻の帯(初版)*3では「クソデカ忍法帖」と形容されています。
ある者は自身の肉体を発熱させて敵を焼き殺します。
ある者は数え切れない跳弾により予期せぬ死角から敵を殺します。
ある者は目の前で発射された銃弾を日本刀で両断します。
ある者は地面に電気を流して遠方の敵を感電死させます。
ある者は異常な聴力で敵の居場所を正確に捉えます。
『ジョジョ』やそのフォロワーのような複雑な駆け引きこそありませんが、能力が単純だからこそ強力で、その能力を破る知略も楽しめます。
私は2巻に収録された二人のバトルが特に好きなので、第12話まで読んでいただきたいです。
最強の忍者8人と最強の極道8人の殺し合い。これで心躍らない雄(オス)はいません。
普通の能力バトルなら死にはしなかったり、主義によっては戦うことなく去ったり……ということもありますが、本作では忍者は極道を途絶えさせようとし、また極道は忍者を滅ぼしてこの国をも消そうとしています。故に、敗北は死であり――ネタバレになりますが、現在までの3エピソードの全てで忍者と極道に決着がつき、敗者が決まり、死者が出ています。
範馬刃牙はこう言います。
ああいうことが好きなんだ……
大の男 2人並べて――――
さァ どっちが強ええんだ?…………
みたいのが…………ね
(『グラップラー刃牙』21巻 第187話より)
男の子はみんなトーナメントが大好きです。『忍者と極道』の戦いにグレーはありません。 トーナメントのごとく、勝負は決まり、人は死にます。そこには再戦も慈悲もありません。
人を不幸にする極道を殺す忍者には正義がありますが、極道にも主義があります。
忍者の鏖殺や国家の転覆以外にある主義とは、「弱者の救済」です。
破壊の八極道の一人、夢澤(ゆざわ)は、忍者に家族(極道)を殺された子供たちを保護しています。極道に親を殺された忍者(しのは)と鏡合わせになるかのように、忍者に親を殺された子供もいたのです。
また、そのテーマがより色濃く出たのが、“割れた子供達(グラスチルドレン)”と呼ばれる子供たちです。その構成員のほとんどが十代で、中にはそれ以下の子供もいます。家族に、世界に「殺された」子供たちが、殺人を以て復讐する。加害でしか存在できなくなった被害者たちは、その存在を許されません。
手段として殺人を選んでいる以上、極道は許されざる存在ですが――というよりも、許されないからこそ、極道ははぐれ者の受け皿として、忍者が救えなかった者を救おうとします。悪にしか救えない者がいる。だから、極道も負けるわけにはいきません。
そんな絶対に負けられない主張を持った16人が、能力バトルで雌雄を決するのです。
作者の近藤信輔先生は元ジャンプ作家です。掲載誌はコミックDAYS(単行本レーベルはモーニング)ですが、ジャンプイズムの滾るハッタリ強めのバトル描写は、本誌のそれにも劣りません。
個人的な白眉はこの忍装束。「いかにも忍者」な姿は一人だけで、覆面レスラーやドレスなんかは全く忍者っぽくありません。ここで画一的な忍装束をチョイスしないハッタリが好きです。
……忍者は無残にも死にますが、無情ではありません。彼らはみな、忍者(しのは)のことを想いながら息絶えます。誰もが笑顔で、仲間が極道を殺すことを信じて。
……極道は容赦なく死にますが、その罪は許されます。彼らはみな、人生を回顧し、満足しながら息絶えます。死によって悪事から解放されたかのように、笑顔で死にます。
死によってその人物が完成するかのように、忍者も極道も、鮮やかに死にます。ただ暴力でぶつかり合うだけでなく、最後には悲しさと、わずかばかりの救いが残るのです。
3.今読むべき理由、あるいはプリキュア
無論、全話が公開されているから――というのが大きいのですが、それ以上に、『忍者と極道』は今この瞬間、特に第47話で明かされた重大な設定が回収される前に読むべきです。
忍者(しのは)がアニメ好きであることはすでに述べましたが、そのアニメというのが「プリンセスシリーズ」で、特に好きなのが『フラッシュ☆プリンセス*5』です。
プリンセスシリーズは17作続く長寿シリーズで、原作者は西堂いずみ、制作は西映アニメーション、コミカライズは下北みつご、玩具はダイバン、ゲームはダイバンナマコ……って、プリキュアです。
っていうか、作者が脱稿時に毎回プリキュアの壁紙を見せてきます。プリキュアの壁紙を見せてくるって何?
序盤こそ、そういったギャグ、フレーバーとして使われていましたが、第一章が終わった辺りで風向きが変わります。
というのも、第一章で死んだ忍者・極道というのが『フラッシュ☆プリンセス』のプリンセスや敵幹部に酷似していたのです。
文学作品を下敷きにして同じ運命を辿らせる――という手法は、さまざまな創作物でみられます。運命のとおりに進んでしまうのか、それとも悲劇を回避できるのか。それ自体は王道なのに、それをプリキュアでやるという豪胆さがすごいです。
忍者(しのは)と極道(きわみ)がお互いの正体を知らずに、『フラッシュ☆プリンセス』に自分たちの仲間を重ねて語る……これもまた悲劇です。アニメを語っていたはずが自分を語り、自分が殺した相手のことを話していた。そんな時間が続けば続くほど、二人が正体を知ったときの感情の昂りは強まることでしょう。
――というだけの道具かと思われていたプリンセスシリーズが、第47話でひっくり返ります。
今回の無料開放では単行本未収録のおまけも読めるのですが、単行本にはこの設定に関わるある「もの」についての情報がおまけとして追加されています。47話を読めば、「それ」について知るために、単行本全巻を欲すること間違いなしです。
余談ですが『アンデッドアンラック』で同時期(『アンデラ』5巻、『忍極』6巻相当)に似たような設定が開示されたため、両者がどのようにして設定を畳んでくれるのか、二作合わせて楽しみです。
そして何より、現在連載中のこの第四章で、忍者(しのは)と極道(きわみ)はお互いの正体を知ってしまうのかもしれないのです。
これまで幾度となくニアミスして、敵を知る符号を手に入れたら運よく隠し、戦場で出会えば顔を確認しないまま去り、仲間の死を悲しんでいることを隠して笑顔で話し――そのまま忍者と極道が残り一人になる、最後の最後までお互いの正体を知らないまま悲劇が強まるのかと思われてきたのですが、このシリーズで明かされる可能性が生まれたのです。
ただ、『忍者と極道』は前述のとおり、ある種のラブコメとして読むこともできます。「文化祭で告白するんじゃないか」……なんて期待の煽り方はラブコメの常套手段です。ですが、いずれカップルが成立することを知ってしまったら、このドキドキ感は味わえません。いつお互いの正体に気付くのか、その最高潮が“今”なのかもしれないのです。
“地獄への回数券”を使用すると目の周りに特徴的な血管が浮き出ます。つまり、血管が出ていたら極道確定です。極道(きわみ)は“地獄への回数券”を使用間近です。50話現在、二人は同じ閉鎖空間の中に閉じ込められています。しかも、47話のせいで、正体を知る確率がメタ的に上がってきています。二人が出会っても謎の光や煙で邪魔されるかもしれません。どちらかが脱出するかもしれません。でも……告白の瞬間が今すぐに訪れるかもしれないって、ドキドキしませんか!?
『シグルイ』のような二人の男の愛の殺し合い、
『バジリスク』のような忍術勝負、
プリキュアのような正義と悪の衝突、
――そんな“ラブ”と“殺”が一度に味わえる『忍者と極道』、是非この機会にお読みください。
付録
序章“忍者と極道 邂逅す”……第1話・第2話
特別編 モーニング出張読み切り……第2話のサイドストーリー
第一章“赤坂血風狼烟”……第3話~第6話
第二章“燃える仁義のカブチカ”……第7話~第17話
番外編 ひと月前……第二章登場キャラのサイドストーリー
第三章“情愛大暴走”……第18話~第37話
番外編 Baby, please go home……第三章登場キャラのサイドストーリー
番外編 君の手のひらに……第三章登場キャラのサイドストーリー
第四章“幼狂死亡友戯”……第38話~現在連載中
番外編 新しい文明開化……未登場キャラのサイドストーリー
番外編 LOVE SONG……第四章登場キャラのサイドストーリー
本編1~50話だけでなく、「モーニング出張読み切り」と単行本未収録の「番外編」も無料公開されているので、こちらも読むと本編がより一層楽しめます。同一ページ内にあるので、順番に読めば問題ないかと思われます。
単行本1巻(第1話~第7話収録)も電子版が無料になっています。こちらは「期間限定で無料の電子版が閲覧できる」のではなく「期間限定で電子版が無料で購入できる」なので、無料期間が終わっても電子書籍リーダーで読むことができます。今週は時間がない、という方はこちらだけでも是非。
また、『忍者と極道 外伝』と称された二編についても本編と同様に12日まで無料公開されています。「獅子の華」はかねてより恒常で公開されていますが、「最狂悪童伝ガムテ」については期間限定で、本編が有料公開になるのに対し、こちらは公開終了となるので、注意が必要です。
「獅子の華」は本編の前日譚です。どのタイミングで読んでも楽しめると思います。
「最狂悪童伝ガムテ」は37話を読んだ後に読むことが推奨されています。
*1:単行本5巻で、通常連載、モーニング読み切り、単行本作業が重なったことが発端であると語られている。
*2:小豆蠟斎は『甲賀忍法帖』の登場人物。原作は1959年の小説。
*3:2刷は「このマンガがすごい!2021」仕様の帯。
*4:首相らの名前の由来は『ドキドキ!プリキュア』の主要人物にちなむが、これは主人公・相田マナの「将来の夢」が総理大臣であることから。
*5:元ネタは『フレッシュプリキュア!』で、撫子アブとヒースは桃園ラブとイースに相当する。
*6:『こちら葛飾区亀有公園前派出所』141巻「あこがれライダーの巻」のパロディ。発表は2004年だが、2017年に当該ページを使ったコラージュがインターネット上で流行した。